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盛岡地方裁判所 昭和31年(ワ)158号 判決 1958年5月06日

原告 花巻温泉株式会社

被告 国 外四名

主文

原告の被告ら五名に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「(一)被告金敬芳は、原告に対し、花巻市松園町五九七番畑一町一反八畝三歩、同上五九八番畑八反五畝二九歩、同上六〇〇番原野九畝一一歩の各土地につき盛岡地方法務局花巻支局昭和二五年七月二五日受付第二七六八号をもつてなされた所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。(二)被告佐々木宇志三は、原告に対し、右五九七番畑につき同支局昭和三一年二月二四日受付第九四二号をもつてなされた順位第二番抵当権設定登記及び右六〇〇番原野につき同支局昭和三〇年一一月二八日受付第四〇三七号をもつてなされた抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。(三)被告阿部周蔵は、原告に対し、右五九七番畑につき同支局昭和三一年二月二四日受付第九四〇号をもつてなされた順位第一番抵当権設定登記(同支局同年五月二九日受付第二七四八号附記登記により順位第三番に変更)、及び同支局同年六月二九日受付第三三一〇号をもつてなされた抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。(四)被告岩崎清一郎は、原告に対し、右五九八番畑につき同支局昭和三〇年一二月二一日受付第四四六三号をもつてなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。(五)被告国は、原告に対し、昭和二五年七月二五日自作農創設特別措置登記令第一四条の規定によりなされた同支局登記番号第二一五七九号をもつて稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇のロ号原野六反四畝歩についてなされた登記用紙の閉鎖及び同支局登記番号第二一五八〇号をもつて同上六四番の一二のロ号原野一町二反一畝歩についてなされた登記用紙の閉鎖の回復手続をしたうえ、右各土地につき同支局同日受付第二七六六号をもつてなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。(六)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、岩手県稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇原野九反五畝一八歩及び同上六四番の一二原野二町二反三畝七歩はいずれも原告の所有であつたところ、岩手県農地委員会は昭和二二年一〇月二三日右六四番の一〇原野のうち六反四畝歩、六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩につき自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する。)第三〇条に該当する未墾地として買収の時期を同年一二月二日とする買収計画を樹立し、公告、書類の従覧等の手続を経たのち、岩手県知事は右買収計画を認可し、これに基き昭和二三年八月一五日同日付岩手に第一三三九号買収令書を発行し、同年九月一七日これを原告に交付して右各土地を買収した。

二、その後、岩手県知事は、昭和二五年七月二五日盛岡地方法務局花巻支局に対して、右各買収地の所有者となつた被告国のため、登記名義人原告に代り右六四番の一〇原野及び六四番の一二原野から右各買収部分を分筆するための登記を嘱託し、同時にこれについて昭和二二年一二月二日自創法第三〇条の規定による買収を原因とする所有権取得登記を嘱託するとともに、自作農創設特別措置登記令第一四条第一項の規定により登記用紙の閉鎖を申立てた。

そこで、同支局は、昭和二五年七月二五日右六四番の一〇原野の買収地については同支局登記番号第二一五七九号新設用紙を開設し、それに稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇のロ号原野六反四畝歩と、また右六四番の一二原野の買収地については同支局登記番号第二一五八〇号新設用紙を開設し、それに同上六四番の一二のロ号原野一町二反一畝歩と登載してそれぞれ分筆登記をなし、これについて同支局同日受付第二七六六号をもつて被告国のため前記買収を原因とする所有権取得登記を経由した(岩手県知事の前記所有権取得登記嘱託書を同支局自創法による買収嘱託書綴込帳第二六冊第一四三丁に編綴による。)うえ、右各登記用紙を閉鎖した。

三、これよりさき、右各買収地は、区劃整理されて、稗貰郡旧花巻町大字花巻第一五地割六〇番原野一町一反八畝三歩(但し、右買収処部分は別紙図面表示赤斜線部分七反五畝二六歩のみ)、同上六一番原野八反五畝二九歩、同上六二番の二原野九畝一一歩、同上六二番の一原野二畝歩、同上六二番の五原野四反八歩、同上六二番の一〇原野二反六畝一五歩、同上六二番の一三のイ原野六畝一一歩、同上六二番の一三のロ原野一反八畝二七歩の新地番が付せられたが、岩手県農地委員会は、右新地番のうち六〇番、六一番、六二番の二の各原野につき売渡の時期を昭和二四年八月一日、相手方を被告金敬芳とする売渡計画を樹立し、公告、書類の縦覧等の手続を経たのち、岩手県知事は右売渡計画を認可し、これに基き同年一二月五日同日付岩手か第一一二号売渡通知書を発行し、その頃同被告にこれを交付して売渡した。

その後、同被告の売渡を受けた右各土地につき昭和二五年七月二五日同支局同日受付第二七六八号をもつてその旨の所有権保存登記を経由した。

四、なお右各土地は、昭和二九年六月一日旧来の大字及び小字並びに地割を廃止し、同日松園町を設置し、さらに地番を変更し、また六〇番原野及び六一番原野はそれぞれ畑に地目を変換し、いずれもその登記を経由して現在登記簿上六〇番原野は花巻市松園町五九七番畑一町一反八畝三歩、六一番原野は同町五九八番畑八反五畝二九歩、六二番の二原野は同町六〇〇番原野九畝一一歩と表示されている。

以上により、被告金敬芳所有名義の右五九七番畑のうち別紙図面表示赤斜線部分、五九八番畑、六〇〇番原野は被告国が原告から買収した前記六四番の一〇原野のうち六反四畝歩(分筆により六四番の一〇のロ号原野)及び六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩(分筆により六四番の一二のロ号原野)の一部に該当するものである。

五、被告金敬芳は、被告佐々木宇志三のために右五九七番畑、六〇〇番原野に抵当権を設定し、右六〇〇番原野につき同支局昭和三〇年一一月二八日受付第四〇三七号をもつて同日抵当権設定契約を原因とする債権額金一六万円、弁済期昭和三〇年一二月八日、利息無利子、抵当権者被告佐々木宇志三なる旨の抵当権設定登記及び右五九七番畑につき同支局昭和三一年二月二四日受付第九四二号をもつて同日金銭消費貸借に基く抵当権設定契約を原因とする債権額金一五万円、弁済期昭和三一年五月三一日、利息無利子、抵当権者被告佐々木宇志三なる旨の順位第二番の抵当権設定登記を経由している。

また被告金敬芳は、被告岩崎清一郎のために右五九八番畑につき抵当権を設定し、同支局昭和三〇年一二月二一日受付第四四六三号をもつて同日抵当権設定契約を原因とする債権額金二六万円、弁済期昭和三一年三月二五日、利息無利子、抵当権者被告岩崎清一郎なる旨の順位第二番の抵当権設定登記を経由している。

さらにまた被告金敬芳は被告阿部周蔵のためにも右五九七番畑につき抵当権を設定し、同支局昭和三一年二月二四日受付第九四〇号をもつて同日金銭消費貸借に基く抵当権設定契約を原因とする債権額金三〇万円、弁済期昭和三一年五月三一日、利息無利子、抵当権者被告阿部周蔵なる旨の順位第一番の抵当権設定登記(同支局昭和三一年五月二九日受付第二七四八号附記登記により順位三番に変更)及び同支局同年六月二九日受付第三三一〇号をもつて同日金銭消費貸借に基く抵当権設定契約を原因とする債権額金一〇〇万円、弁済期同年一二月三一日、利息無利子、債務者被告金敬芳、抵当権者被告阿部周蔵なる旨の順位第四番の抵当権設定登記を経由している。

六、ところで、原告は、昭和二九年五月三一日前記買収処分につき、処分庁の岩手県知事を被告とし買収対象物件に不特定の瑕疵があること等を理由として盛岡地方裁判所に対し右買収処分の無効確認の訴を提起したところ、同裁判所は同庁昭和二九年(行)第七号買収処分無効確認請求事件として審理の結果、昭和三〇年六月一三日原告の請求を認容し右買収処分の無効なることを確認する旨の判決を言渡し、右判決は同月二九日確定した。

そうすると、被告国は、右確定判決の効力として前記買収処分により六四番の一〇原野のうち六反四畝歩(分筆により六四番の一〇のロ号原野)及び六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩(分筆により六四番の一二のロ号原野)の所有権を取得したものと主張しえないことは明らかであり、被告国のためにした前記所有権取得登記はその原因を欠くものである。

また右確定判決は、その余の被告らに対してもその効力を有する。けだし、行政訴訟は公法上の法律関係に関する訴訟であり、およそ公法上の法律関係は私法上の法律関係と異なり劃一的に効力を定める必要があるから、選挙訴訟や当選訴訟の確定判決に対世的効力が認められているように、抗告訴訟や行政処分の無効確認の確定判決についても同様に対世的効力を認めるのが相当と解すべきだからである。

すると、右買収処分は被告国以外の被告らに対する関係においてもまた無効であり、被告国は右各土地の所有権を取得するいわれがなく、したがつて被告金敬芳に対する前記売渡処分もまた当然無効であり、同被告において右土地の一部である前記五九七番畑のうちの別紙図面表示赤斜線部分、五七八番畑、六〇〇番原野の各所有権を取得するに由ないものであり、被告金敬芳のためになされた前記所有権保存登記及び同被告が所有権を有することを前提として被告佐々木宇志三、岩崎清一郎、阿部周蔵のためになされた前記各抵当権設定登記はいずれもその原因を欠くものである。

七、仮りに右判決に対世的効力がなく、被告国以外の被告らに対する関係においては右判決のみで前記買収処分の無効を主張できないとしても、右買収処分には次のような瑕疵がある。

すなわち、右買収処分は、前記六四番の一〇原野及び六四番の一二原野の各一部を買収したいわゆる一部買収であるにかかわらず、買収手続上そのいずれの部分を買収したのか不明である。詳言すると、

(1)  岩手県農地委員会は、前記買収計画を樹立するにあたり、当時すでに土地台帳上、六四番の一〇原野が本番の稗貫郡旧花巻町第一五地割六四番の一雑種地三町七反九畝二七歩から、また六四番の一二原野が同じく同上六四番の二雑種地一町五反五畝一八歩からそれぞれ分筆及び地目変換されていたのにかかわらず、これを看過し買収地域の地番等を右六四番の一雑種地のうち六反四畝歩、六四番の二雑種地のうち一町二反一畝歩と誤認して計画を樹立し、岩手県知事もこれに基いて前記買収令書を発行交付した。しかし、その後原告から買収地域の地番等の誤謬訂正の申出がなされたので、昭和二五年六月二四日買収計画書中買収地域の地番等を六四番の一〇原野のうち六反四畝歩、六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩と訂正し、さらに同様の訂正をした買収令書を再度発行交付してその訂正をしたのである。

以上のような事情のため買収計画樹立に際して作成されたと称する実測図面にも前記六四番の一と一〇、六四番の二と一二の境界が明らかにされていない。したがつて、同図面上右六四番の一〇及び一二の各原野のうちいずれの部分を買収したのか判然しない。のみならず、右実測図面表示の買収地域は、昭和二一年五月二〇日原告が訴外有限会社理研栄養食糧岩手工場に賃貸した右六四番の一、二、一〇、一二のうち二町七反五畝二二歩の一部に該当し、右四筆の土地の各部分を包含しているものである。

(2)  また右買収地域の実地についてみると、その地域には買収計画から除外された稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の三の一部が含まれている。

すなわち、右六四番の一二原野とその南側に隣接する六四番の三との境界は花巻電鉄の踏切から略東方に直線に走る別紙図面表示(イ)、(ロ)の旧道の線であつたが、後に右道路の位置が右踏切から北東三七・八〇米の地点で右折し、同図面表示7(イ)、8(ロ)の線に変つたため、これを境界として買収処分が行われた。したがつて、買収地域のうち同図面表示(イ)、(ロ)の旧道の線以南の部分二八五、九五坪は右六四番の三に属する部分である。

(3)  さらに買収地域の地積は買収手続上合計一町八反五畝歩とされているのに対し、これを区劃整理して新地番を付したうえ、売渡し、又は国の保有している地域の地積はそれぞれ前記三記載のとおりでその合計は二町六反五畝七歩であつて、買収地域の地積より八反七歩も増加している。

以上の事跡に鑑みれば、買収手続上買収地域が特定されていないばかりでなく、その実地についても他地番を含み、到底正確な実測調査に基く買収地域の特定がなされたものということができない。

そうしてこの瑕疵は重大であり、且つ手続上明白であるから右買収処分は当然無効である。

そうすると、被告国以外の被告らに対する関係においても被告国は右買収にかかる六四番の一〇原野のうち六反四畝歩(分筆により六四番の一〇のロ号原野)及び六四番の一二原野のうち一町二反一畝歩(分筆により六四番の一二のロ号原野)の所有権を取得するものではなく、被告金敬芳もまた前記売渡処分により右各土地の一部である前記五九七番畑のうちの別紙図面表示赤斜線部分、五七八番畑六〇〇番原野の各所有権を取得するに由ないものであり、被告金敬芳のためになされた前記所有権保存登記及び同被告が所有権を有することを前提として被告佐々木宇志三、岩崎清一郎、阿部周蔵のためになされた前記各抵当権設定登記はいずれもその原因を欠くものである。

以上により、原告はその登記名義を回復するため、被告らに対し請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだと述べた。

(立証省略)

被告国指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張一、二、三の各事実、四、五の各事実のうちの登記関係事実及び同六の事実のうちの訴訟関係事実はいずれも認めると述べ、

立証として、甲第九号証、第一一号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

被告金敬芳、佐々木宇志三、阿部周蔵及び岩崎清一郎訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張一ないし五の各事実はすべて認める。

二、同六の事実のうちの訴訟関係事実は認めるが、原告主張の判決が右被告らに対してもその効力を有するとの見解は失当である。

右判決は、訴訟当事者である原告と岩手県知事との間にのみ効力を有し、第三者である被告らに対してはその効力は及ばない。行政訴訟の判決の既判力も特別の規定がない限り民事訴訟法の一般原則によりその当事者又はこれに準ずる者に限られる。したがつて、訴訟の結果直接法律上の地位を害される者がいる場合にはこれを訴訟に参加せしめなければ、その者に対して既判力は及ばないのである。被告らは、原告主張の行政事件について法律上の利害関係を有するにかかわらずこれに参加していないのであるから、その判決の効力は被告らに及ぶものではない。

三、同七の事実のうち、一部買収であること、原告主張のような買収地域の地番等の訂正がなされたこと、買収地域を区劃整理して新地番を付した地域の地積が合計二町六反五畝七歩であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

買収地域は、買収計画樹立当時実測により客観的に特定されていたばかりでなく、手続上においても特定されていた。すなわち、買収計画樹立に際して岩手県農地課員阿部輝一が現地に臨み、原告立会のうえ、買収地域を実測してこれを特定し、その図面を作成して縦覧に供している。したがつて、原告主張のような買収対象物件不特定の瑕疵は存しない。

仮りに原告主張のように買収対象物件不特定の瑕疵があつたとしても、昭和二八月五月頃、原告は稗貫地方事務所農地課員高橋昭四郎の指示に基き、被告金敬芳が売渡を受けた土地の境界を調査し、境界の要所要所に杭を打ち込んで右売渡地域を確認した。右売渡地域の確認は買収地域不特定の瑕疵を補正するものである。

以上により、右買収処分には原告主張のような無効の瑕疵は存しないのであるから、これが無効を前提とする原告の請求は失当であると述べた。

(立証省略)

理由

一、まず被告国に対する請求の当否について考えるに、原告主張のような経過でもと原告所有の稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇原野九反五畝一八歩のうち六反四畝歩、同上六四番の一二原野二町二反三畝七歩のうち一町二反一畝歩が買収され、同上六四番の一〇のロ号原野、同上六四番の一二のロ号原野に分筆され、これについて被告国のため右買収を原因とする所有権取得登記を経由しその各登記用紙が閉鎖されたこと、原告がその主張のように右買収処分につき岩手県知事を被告とし、買収物件不特定の瑕疵があること等を理由として当裁判所昭和二九年(行)第七号買収処分無効確認請求事件を提起し、これについて原告勝訴の判決が言渡され、確定したことは当事者間に争がない。

ところで、行政事件訴訟特例法第三条は、いわゆる抗告訴訟すなわち違法な行政処分の取消又は変更にかかわる訴訟は他の法律に特別の定めのある場合を除いて、処分をした行政庁を被告として提起すべきことを規定しているが、これは、元来行政庁は国又は公共団体等の機関として行政処分をするものであり、自ら権利の主体とはならないのであり、通常は行政処分の効果の帰属する主体である国又は公共団体等が当事者となるべき理であるが、抗告訴訟においては行政処分の違法性を指摘して処分を攻撃するので直接処分をした行政庁に当事者能力を与え、訴訟上の攻撃防禦の方法を尽くさせることが裁判の迅速と適正とを期する上において便宜であるとするところにあるものと解される。

したがつて、抗告訴訟は行政庁を被告とするけれども、その判決の効力は行政処分の効果の帰属主体である国又は公共団体等に及ぶことは当然である。行政処分の無効確認訴訟は抗告訴訟に準ずべきもので右特例法第三条が準用される結果、前示原告勝訴判決は岩手県知事を被告とするけれども、右説示のとおり被告国に対してもその効力を有するものといわなければならない。

そうすると、被告国に対しては前示買収処分は無効となつたのであるから、被告国は六四番の一〇のロ号原野及び六四番の一二のロ号原野の所有権を取得するいわれがない。したがつて、原告と被告国との関係のみから見ると、被告国の右買収を原因とする各所有権取得登記はその原因を欠き、被告国は前示各登記用紙の閉鎖の回復手続をしたうえ右各登記を抹消する義務を有するものといわなければならないのであるが、他方後に説明するように、原告は、その後の売渡処分により六四番の一〇のロ号原野及び六四番の一二のロ号原野の一部である花巻市松園町五九七番畑、同町五九八番畑、同町六〇〇番原野につき所有権を取得したとし、その保存登記を経由している被告金敬芳及びこれらの土地について抵当権を設定したとし、その登記を経由している被告佐々木宇志三、岩崎清一郎、阿部周蔵に対する関係において、右買収処分の無効が認められずこれらの各登記の抹消を請求しえない以上、これらの各登記は前記被告国の買収による所有権取得登記を前提としており、もしも右買収による所有権取得登記を抹消するときはこれらの各登記はその基礎を失い登記簿上その効力を保有し得なくなるから右被告らに対する関係上、被告国に対してもまた閉鎖した登記用紙の回復手続のうえ右買収による所有権取得登記の抹消を請求することができないものといわなければならない。被告国に対する原告の請求は結局その理由がない。

二、次に被告国以外の被告らに対する請求について考えるに、原告主張のような経過でもと原告所有の稗貫郡旧花巻町大字花巻第一五地割六四番の一〇原野九反五畝一八歩のうち六反四畝歩、同上六四番の一二原野二町二反三畝七歩のうち一町二反一畝歩が買収され、同上六四番の一〇のロ号原野、同上六四番の一二のロ号原野に分筆され、さらに区劃整理されて新地番が付せられ、そのうち同上六〇番原野一町一反八畝三歩(但し、別紙図面表示赤斜線部分のみが右買収地に含まれる。)、同上六一番原野八反五畝二九歩、同上六二番の二原野九畝一一歩につき被告金敬芳が売渡を受け、これについてそれぞれ右売渡を原因とする所有権保存登記を経由し、その後地割地番等が変更廃止されて登記簿上現在六〇番原野が花巻市松園町五九七番畑、六一番原野が同町五九八番畑、六二番の二原野が同町六〇〇番原野と表示されていること、これらの土地につき被告佐々木宇志三、岩崎清一郎、阿部周蔵のためのそれぞれ原告主張のような抵当権設定登記を経由していること及び原告がその主張のように当裁判所昭和二九年(行)第七号買収処分無効確認請求事件を提起し、これについて原告勝訴の判決が言渡され確定したことは当事者間に争がない。

原告はまず右確定判決は被告国以外の被告らに対してもその効力を有するとの見解の下に、右買収処分の無効を前提として右被告らの前示各登記の抹消を求めるのに対し、右被告らは右確定判決は訴訟当事者である原告と岩手県知事との間にのみ効力を有し、第三者である被告らに対してはその効力は及ばないと反駁する。当裁判所の見解は次のとおりである。

そもそも一般の事例に見る行政処分の無効確認訴訟は、その処分の結果である現在の法律関係の存否の確認を求めるのではなく、過去になされた行政処分自体の違法を攻撃し、それが無効であることの宣言を求めることにより当該行政処分の排撃を目的とするものである。通常の無効な行政処分と雖もそれが表見的に存在している限り行政庁はこれを有効なものとして執行する虞があり、かような無効な行政処分により権利を侵害された者は無効確認訴訟を提起してその執行力を除去することができなければならない。そうすると、このような行政処分の無効確認訴訟は抗告訴訟と本質的に変るものではなく、抗告訴訟に準ずる一の形成訴訟に属するものといわなければならない。

そこで一般に形成訴訟における判決の効力について考えるに、形成判決は、その形成要件による形成権の存在を確定し、新らたな法律状態の形成を宣言するものであり、その形式的確定により形成力と既判力とが発生すること勿論である。

形成力すなわち形成判決の形成の効果は特別の規定のない以上、私人の訴訟外における形成権の行使の場合におけると同様証明の対象事実にすぎないから、これによつて直接自己の権利又は法律的地位に影響を受ける第三者は、他人間の判決の形成の効果を否認することができ、裁判所はこのような主張がなされた場合には再び新たな訴訟において形成要件の存否と形成権の行使についてその第三者との関係において審理すべく、もしもその審理の結果形成要件が存在しないものと認められるときはその第三者に対する関係においては形成の効果が否定されることになるのであり、このようなことは弁論主義の下においてはありえないことではない。

もつとも形成訴訟制度の存在の趣旨は、主として形成の効果を明確にすると同時に劃一的に生じさせようとするところもあるのであり、特殊の形成判決については明文をもつてその効力の第三者にも及ぶべきことを規定しているが、このような特別の規定のない今日の抗告訴訟においては、原則として民事訴訟の一般原則により、既判力の及ばない限り形成力もまた訴訟当事者又はこれに準ずる者以外の第三者に対しその効力を有効に主張しうるものではないものと解さなければならない。

なお、行政事件は、公法上の法律関係を対象としている点において、私法上の法律関係を対象とする一般民事々件に比較し種々の特殊性を有し、ことに抗告訴訟においては、行政上の法律関係の統一的規律の要請からその判決の効力が第三者にも及ぶと解する余地もないではないが、行政事件と雖もその訴訟の審理においては一般民事事件と同じく弁論主義を基調としている点を考えると、当事者の訴訟追行の巧拙により訴訟の結果も異つてくるのであり、このような判決の結果につきなんら責任のない利害関係ある第三者がこれを受忍しなければならないとすることは公平に反する。ことに財産権に関する領域においては第三者の利益を害することが甚だしい場合もなしとしない。これらの点を考慮した特別規定のない今日の抗告訴訟において第三者の利害を無視してまで行政事件の特殊性から劃一的効果を要求する根拠は認め難い。選挙訴訟、当選訴訟等はいわゆる民衆訴訟であり、一般の抗告訴訟と異なり、すべての利害関係人に対しても判決の効果を及ぼす結果となるが、これをもつて一般抗告訴訟、行政処分の無効確認訴訟の場合をも律することはできない。

なお、行政事件訴訟特例法第一二条は、行政権の一体性に基き一の行政庁の受けた判決の効力はその庁のみならず関係行政庁においても右判決を尊重しその趣旨に従つて行動すべき義務を課し、もつて判決の実効を保持するために設けられた規定であつて、これから一般第三者も拘束されるとの結論を引出すことはできない。

以上により、前示無効確認判決は被告国以外の被告らに対してはその効力を有するものではなく、右判決がこれらの被告に対してもその効力を有することを前提とする原告の主張は採用できない。

三、次に原告は、被告国以外の被告らに対する関係においては右判決により本件買収処分の無効を主張できないとしても、右買収処分は買収対象物件不特定の瑕疵があり当然無効であると主張するのでこの点について検討する。

本件買収処分が原告主張のような一部買収であることは当事者間に争がない。そこで買収手続上右買収地域の特定がなされたかどうかについて考えるに、岩手県農地委員会が昭和二二年一〇月二三日買収計画を樹立するにあたり買収地域の地番等を誤認したにしても、その地積を六四番の一雑種地のうち「六反四畝歩」、六四番の二雑種地のうち「一町二反一畝歩」とそれぞれ計上して計画を樹立したことは当事者間に争がなく、右事実と成立に争のない甲第一一号証、乙第四号証、第五号証の一、二、第七号証、第九、一〇、一一号証、証人山口広助、阿部輝一(第一、二回)、高橋昭四郎(第一、二回)、伊藤剛の各証言及び検証の結果を総合すると、本件買収計画樹立の日の少し前に当時稗貫郡地方事務所の農地課員であつた阿部輝一及び高橋昭四郎の両名が、開拓審議会が開拓適地と認めた本件買収地域の実地に臨み、当時未だ六四番の一〇原野、六四番の一二原野の分筆を表示していなかつた土地台帳図面を参照してこれを確認し、別紙図面表示のA、B道路を台帳図面上六四番の一、二を囲む二又の道路に該当するものとし、またその西方に存する野球場、ゴルフ場との境界については別紙図面表示1ないし8の各点を連結した線を境とし、1・2・3・4・7点等に抗を打つてこれらの線を明示し、かようにして右A、B道路及び連結線に囲まれた部分を買収地域として特定し、さらに右A、B道路の交叉点を基点として平板測量の方法で右地域を実測したうえ右連結線を分筆線としてこれを台帳図面に引き写し同図面及び右実測の結果に基いて本件買収地域の前記地積を計上したこと、その後昭和二三年頃右阿部、高橋の両名が売渡計画樹立の準備として本件買収地域を細分しこれについて前記買収のための実測に基いて再度実測したことを推認することができる。

証人木村清、藤根崎蔵の各証言によると、同人らが昭和二三年頃前示売渡計画の準備のための測量に立会い、買収計画のための測量には立会わなかつたことと証言するのに対し、前記証人阿部輝一(第一回)、高橋昭四郎(第一、二回)は買収計画のための測量にこれらの者も立会つた旨証言するので、前示買収計画のための測量は実は売渡計画のための測量で、買収計画のためには測量がなされなかつたのではあるまいかの疑間もなくもないのであるが、結局右証人阿部、高橋の証言は買収と売渡のための測量を混同しているのであつて前記証人木村、藤根らの各証言はなんら前示認定を妨げるものではない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、原告は右買収地域に六四番の三の一部が包含され、また六四番の一、二の各一部も包含されており、買収地域と売渡地域の地積が相異する点からみると買収計画にあたり正確な実測に基く買収地域の特定がなされなかつたと主張するけれども、証人北田裕司及び検証の結果を綜合すると、本件買収地域には六四番の一、二は含まれていないことが認められ(甲第一〇号証、乙第一号証の二は六四番の一、二の部位につき多少のづれがある。)、仮りに前示のように特定された買収地域に他地番の一部を含んでいたとしても、行政処分の効力はこれらの土地を除く部分について発生しているのであつてこのことは買収地域の特定を左右するものではないし、また買収地域とこれについての売渡地域の地積が相異していることは当事者間に争がなく、この点からして買収の際の実測が正確になされなかつたということができるとしても、前示のように買収地域が事実上特定されている以上無効の瑕疵あるものということができない。

そうすると、買収手続上買収地域の表示等を誤認し、買収計画樹立のための実測図面において買収地域の地番である六四番の一〇、一二の表示がなくその如何なる部分を買収したのか明確ではないにしても、実地において客観的にその範囲が特定されていたのであるからこれをもつて無効の瑕疵あるものということはできない。

以上被告国以外の被告らに対する関係においては、本件買収処分はなんら無効の瑕疵があるものというをえないのであるから、これが無効を前提とする原告の本訴請求は失当である。

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 矢吹輝夫)

(別紙省略)

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